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学問の存在意義

何かについて、考えが浮かぶとする。ひとりのときに着想した考えでもいいし、何人かでアイディアを出し合っているときの誰かの発想でもいい。
その考えに同意するにしろ、反対するにしろ、その前に、なぜそう思うのか根拠を問うと良い。もしもその根拠となることがらが、伝聞や思い込みであれば、論理性にかけることになる。論理的に答えているつもりになっているだけで、実は前提が曖昧なことはよくある。例えば「いままで疑問に思ったことはなかった」ことなどだ。
学問として追求するとき、そのこたえは必ず論理的でなければならない。つまり、学問の対象だけでなく、学問それ自体も、論理性を学ぶ機会なのである。学問をする必要性はそこにもある。
日常は情報に溢れ、多くのことが「いままでそう思っていた」から、疑問を持たれず過ごしている。
だから、当然として受け入れたり拒絶したりする前に、なぜそう考えたのか、根本にたどり着くまで、なぜと問うといい。
まずは、この記事から。
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AtsuSacaqui * 内省-introspecção- * 13:28 * - * trackbacks(0)
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