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目標を追うときの落とし穴

目標を持っているとき、まず、その達成のためにもっとも優先すべき選択を決意すべきである。しかし、だからといって、それを義務としこだわりつづけてはいけない。なぜなら、先へ進もうとする意欲や現状打破が抑止されてしまうからだ。



だから、目標を持っている者は、その目標によって今の状況を拘束しないよう、注意する必要がある。
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行動に目的があるとき、思いや意志は、方向性を持っている。それゆえに、目的に反する行動を選択しようとすることを抑止しようとする。なぜなら、それが目的であるからだ。そして、安易に別の可能性に手を出すことで、追求すべき道から遠ざかってしまう。また、それを逃げ道にして、いつまでも、追求すべきものごとが追求できなくなってしまう。



たとえば、正確な円を一筆で描くスキルを身につける、という目標を持っているとする。このとき、スキルを伝授してくれる師の下に身を置くべき、置かなければならない、と考える。これは至極当然の発想だ。なぜなら、その方が目標に対して無駄無く到達する可能性が高いからだ。



しかし、「しなけらばならない」「すべきだ」と考えるときの義務感は、状態の変容を束縛してしまい、次のステップへの移動を抑止してしまう。



たとえば、正確な円の書き方を伝授してくれる師でなければ、円は描けない、だから、師に着かなければならないと思い込む。そうすると、すぐに師が見つかれば良いが、そうでない場合、師がいないことに悩んでしまう。



目標は単なる道しるべであって、生きる目的とは異なる。それをはき違えると、ただ苦しい重荷になるだけだ。長年持ち続けていて、且つ、なんらの成果が無い場合には、目標自体を忌み憎みたくなる。特に、目標が具体的だと、その進捗が分かりやすいだけに、余計、つらくなる。



目標を明確にすることは重要だ。自分の行動を目標に照らし合わせ、無駄なことはないか、優先すべきことは何か、顧みることができるからだ。つまり、目標は単なる手段にすぎない。



ただし、だからといって、目標に対する手段の基準を緩めろという訳でもない。正確な円の書き方を伝授してくれる師を探しているとして、なかなか師に巡り会えないからといって、点々とすれば、いつまでたっても円は描けない。それは円を描くことが目標なのではなく、円を描くことを上手に教えてくれる師を探すことが目標になっているのだ。



こだわらず、しかし、貫くこと、それが目標に到達する道を気軽に、しかし、最短で進むための極意である。
* 内省-introspecção- * 08:56 * comments(0) * trackbacks(0)
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